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| 社名 | 株式会社 御菓子司 青柳 | | 代表者 | 有村 勝廣 | | 所在地 | 鹿児島県鹿児島市 東千石町10-14 | | 創業 | 昭和6年 | | 資本金 | 3,000万円 | | 従業員 | 約40名 | | メイン商品 | かるかん・かるかん饅頭・春駒 | | 店舗 | 天文館本店・山形屋デパート店・鹿児島空港売店・日生ビル店・皇徳寺店・隼人店・田上店・川内山形屋店 | | TEL | 099-222-5544(本店) | | FAX | 099-222-5578 |
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鹿児島の郷土菓子のうんまか話
鹿児島の郷土銘菓の代表といえば、かるかん、かるかん饅頭、春駒、いこ餅、高麗餅、木目羹があげられます。
かるかんは、いろいろな説がありますが、通説としては江戸時代、薩摩藩主島津斉彬公に招かれた、現在の兵庫県出身の菓子職人が殿様に献上にあたり鹿児島に自生する良質の山芋に着眼し、これに米、砂糖を加え蒸し上げ作りだしたものです。 一口ほおばるとほのかな甘みと山芋の風味が広がります。 このかるかんにアンコを包み蒸しあげた物が、かるかん饅頭です。
春駒は、江戸時代1,800年代に貧しい武士が創作した菓子と言い伝えられ、もち米の粉と黒砂糖をこねて蒸しあげた太くて長い菓子であったため、誰言うとなく馬のイチモツのようだといいことで「馬のマラ」と名付けられたのが今日の春駒のエピソードがあります。現在では改良が加えられ、さらしあん、もち米粉、うるち米粉で蒸しあげ、ほどよい甘さと歯ごたえが命といわれています。
高麗餅は、その名が示すように豊臣秀吉による朝鮮出兵の折、日本に連れてこられた朝鮮の人々が神社のお祭りのお供えの品であったものが、日本の菓子に変化していったものと思われます。もち米、うるち米、小豆を蒸しあげたもので、かみしめるほどに旨みが伝わり、隣国である韓国の食文化の一端にもふれられる貴重なお菓子です。ちなみに、日本に連れてこられた朝鮮の人々は陶工で、現在の薩摩焼の原点を作った人々です。
いこ餅は、いりこ餅とも言い名前が示すように、米の粉を煎ってから作るお菓子です。島津家のお茶菓子として出されたと記録が残っています。江戸時代の代表的な菓子の書などを見ても、いこ餅の名は出てこないので、当時は鹿児島とその周辺のみの名物菓子だったと思われています。
木目羹は、漢字で書くと「もくめかん」と読み間違えられますが、それはそれで間違っていないのです。現在、鹿児島では「きもくかん」と呼ばれていますが、江戸時代の島津家の文書には「もくめかん」となっているからです。木目羹はその名のとおり木の木目の模様を表面につけた、さお物菓子で、小豆あん、砂糖、小麦粉に葛粉と白あんを練り合わせたものを交互に幾重にも枠に流し込んで蒸しあげた美しい模様の銘菓です。
鹿児島は江戸時代、琉球、現在の沖縄を支配下におき、黒砂糖の独占販売をしていました。ですから歴史的にみて鹿児島の食べ物には黒砂糖が使われているものが多いです。こちらの物産展にも持ってきています、黒糖まるぼろ、ふくれ菓子「維新蒸気ポンポン」も黒砂糖をふんだんに使った郷土菓子です。黒砂糖が今、健康食品としてブームになり注目されていますが、鹿児島の人々は昔から身近に摂取してきました。ですから長寿の方が多いのかもしれません。 |
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